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21世紀の日本の子供たち 〜室内遊びが多く、不器用で怪我も多い
米日教育交流協議会 代表 丹羽筆人
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自然の中で身体を鍛え、創意工夫と生命の尊さを学ぶのが大切 学校が終了するとともに誰もいなくなってしまう校庭。遊具がさび付いたままになっている住宅地の公園。近年の日本ではこのような光景が全国各地で見られるようです。受験のためにほぼ毎日学習塾に通うような子供たちが目立つこと、パソコンやゲーム機の普及により室内で遊ぶ子供たちが増加したこと、また、毎日のように飛び込んでくる子供の誘拐・殺人事件が象徴している通り、日本の子供たちを取り巻く環境が危険さを増していることなどを考えれば当然のことと言えるでしょう。 しかし、子供たちにとってこれは良いことなのでしょうか。最近の子供たちを見ていると、手先の不器用さが目に付きます。例えば、紐が上手に結べないようで、靴紐がほどけたままになっている子がいます。理科の実験の授業ではペンチで針金をつかめない子がいました。マッチが怖くて擦れない子、お湯の沸かし方が分からない子などもいます。また、日本の学校では怪我、特に骨折する子供が多くなっていまるそうです。骨がもろくなっているという理由もありますが、反射神経も鈍くなっているようです。パソコンやゲーム機で複雑な動きをスピーディーに操作している子供たちですが、それはどうも自分の身を守る反射神経とは無関係のようです。 20〜30年前の子供たちは学校の放課後に校庭で遊んだり、帰宅後また外に出かけ暗くなるまで遊んだりしていたはずです。外での遊びは子供たちの健康な肉体を育むだけではなく、遊びを通じて創意工夫する力を培ってきました。また、危ないことやしてはならないことも学ぶことができました。子供の頃の私にとっても通学路を囲む田畑や農業用水路は格好の遊び場でした。田んぼや畑の中を、何か面白そうなものはないかと走り回ったものです。首飾りを作りたいという女の子のためにせっせと花を摘んだり、笹舟や草笛を作ったりしました。また、カエルのおなかを膨らましたり、カエルの足でザリガニを捕まえてハサミを取ったりもしました。友人を用水路に突き落としたり、収穫前のジャガイモを抜き取って怒られたりというような数々の経験で学んだことは数え切れません。つまり、自然の中での遊びを通じて、身体を鍛え、生命の尊さやルール、工夫する喜びなどを学んできたのです。自分で遊び方を考え、遊び道具も作らなければ楽しめない環境に身をおくことや、生命あるものを遊びの道具にして、間違えばそれを断ってしまうこともあるというような体験をすることが、作られたゲームの中の世界で何度殺しても生き返ってくる相手と戦う遊びに熱中している子供たちにとって必要なのではないでしょうか。この夏休みを利用して、子供たちに自然を通じた遊びを体感させたいものです。〜Weekly Business News 2006年6月2日号掲載
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