日米教育事情

〜変わる・異なる歴史教科書の記述

 

米日教育交流協議会
代表 丹羽筆人

 

史実に関する様々な見解を判断し、その正否を考えることが大切

 

 現在、学校の歴史で学習する内容は親御さんの時代と異なる場合があることをご存知でしょうか。

 例えば、鎌倉時代の始まりは1192年ではありません。現在は源氏が平氏を滅ぼし、源頼朝が全国に御家人を守護・地頭として配置した1185年となっています。また、江戸時代の士農工商という身分制度の記載は教科書から消えています。日本最後の貨幣はかつては和同開珎でしたが、現在では1999年1月から続々と出土した富本銭となりました。そして、縄文時代は狩りや漁、採集を行なっていた人々が多いのですが、青森県の三内丸山遺跡の発見により、栗や木の実の栽培を行なっていた人々がいたことを学習します。

 このように教科書の記載内容が変化したのは、歴史学の研究が進む中で新しい事実が発見され、これまでの事実の誤りが判明することによるものです。ただし、教科書を執筆する学者の見解により、記載内容や表現が異なることもあります。

 このような教科書に記載される内容の相違は、国の違いによっても見られます。初代防衛大臣が辞任することにもつながった「原子爆弾投下」の理由について、アメリカの教科書では太平洋戦争での犠牲者を減らすことができ、正しいことだったと強調しています。しかし、史料は戦争に勝った側が主導で記録され、戦争を肯定するのが普通です。日本の教科書では「原爆投下」の理由について触れていませんでしたが、近年では国際社会でアメリカが旧ソ連より優位に立つための手段だったと記しているものもあります。「真珠湾攻撃」は日米の教科書ともに日本の奇襲攻撃だったと記していますが、暗号ではあったものの宣戦布告の最後通牒が送られていたことをご存知の方も多いでしょう。ところが、アメリカは最後通牒を受け取っていないと言い張り、太平洋戦争の始まりを日本側の卑劣な行為としているのです。さらに、ABCD包囲陣(米英中蘭による経済封鎖)を張り、日本が戦争を始めざるを得ないような状況に陥れていたことも事実です。

 また、事実であっても教科書に書かれないこともあります。例えば、沖縄戦における集団自決がそれです。旧陸軍が住民に手榴弾を配ったという証言が多数ありながら、国は教科書検定において、その記述を認めようとしないのです。

 ここまで見てきたように、歴史教科書の記載内容は時を経て変わったり、国や執筆者によって異なったりします。そのため、子どもは、学校での学習と親の言っていることが違うことに気づきます。また、海外で暮らす子どもは、現地校と日本の学校で学習する内容が異なっていることも目の当たりにします。そして、何が正しいのか分からなくなることもあるのです。その時はぜひ次のように教えてあげてください。「歴史は見つかった一部の出土品、文書や証言に基づいて記されているものであり、その時に正しいとされていることが教科書に記載されています。従って、教科書は必ずしも正しいわけではありません。歴史の学習では史実の因果関係や様々な見解を冷静に判断し、何が正しいのかを考えることが大切なことです。」 

 

                           ~Weekly Business News 2007年7月13日号掲載

 

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