|
日本の教育事情
米日教育交流協議会 代表 丹羽筆人
日本人が古来から継承してきた仏教や儒教の精神を見直すべき 安倍内閣メールマガジン第4号に掲載されていた高市早苗内閣特命大臣の原稿によると、昨年自殺をした未成年者(5歳〜19歳)は571人だったそうです。その中には最近また目立つようになったいじめが原因となっているものもあります。まだ始まったばかりで未来の計り知れない可能性がある段階で、人生を断ち切ってしまうのは非常に残念なことです。その原因が他人による心無い言動によるものであったとすると、さらに心が痛みます。 いじめは自分より弱いと思える存在の者に対して、自分が上位であるということを実感したり、知らしめたりする行為の一つです。大人の世界でも上司が部下に対して行う「パワハラ(パワー・ハラスメント)」があります。アメリカでかつて激しかった「人種差別」も同種といってよいでしょう。 「人間は生まれながらにして自由で平等であり、その社会的権利は誰にも侵すことのできない永久の権利である」ことは、今や自明の理です。多くの人々がその常識を破ることは非合法であると知りつつ、社会には未だ多くの差別が根強く残っているのが実情です。人間はつくづく弱いのだなと思います。つまり、自分より弱い存在がないと安心できないのです。しかし、このような行為を止めようとする人がいないのか、いじめられた人をかばい、話を聞いてあげる人はいないのか、ということを考えると疑問が残ります。もし、このような存在の人がいれば、学校や職場という狭い領域での存在価値を否定されただけであることに気づくのではないでしょうか。また、家族や親族の存在も重要です。親の愛情は海よりも深く空よりも広いものです。そして、自分がこの世にあるのは数多の祖先の存在があり、また生まれてきた自分には未来の子孫にその血脈をつなぐ役割があるのです。 このような考え方は、約15世紀に亘って日本人が信仰してきた仏教精神に基づくものですし、日本の教育現場で古来より教科書として利用されてきた「論語」にも記されているものです。しかし、今ではこのような考え方を子供に伝えることは、学校でも家庭でもとても少なくなってしまっているのではないでしょうか。 例えば、自分の家が仏教徒かどうか分からない。あるいは宗派が分からないという子供がいます。生まれた時は神道で、結婚式はキリスト教、そして死ぬ時は仏教というのが最近の日本の風潮ですから仕方のないことかもしれません。しかし、墓参りの習慣があれば、家庭内での会話が多ければこのようなことはないはずです。また、親や先生に対する言葉遣いが非常に悪い子も目立ちます。子供がお母さんに向かって「お前」と言うのを聞いたときには驚きました。そして、それを注意しない親にも驚きました。 信教の自由は憲法にも明記されていますので強制はできませんが、祖先や親を尊ぶという仏教や儒教の精神は、日本に受け継がれてきたものです。年長者を敬い、弱者をいたわるという礼儀正しい日本人特有の性質は、宣教師フランシスコ・ザビエルを初め、多数の外国の偉人達から高く評価されてきました。 ますます複雑化する現代社会において、ややもすると見失ってしまいがちな日本人の良さは大切に継承していくべきだと思います。そして、それが自殺やいじめの減少にもつながることを願います。
|
|
〜Weekly Business News 2006年11月10日号掲載
|